【不登校は甘えやわがままではない】

初めて投稿します。

どんなことを書こうか迷っていましたが、一番最初に起こった行き渋り期の時のことを書いていこうと思いますね。

そういえば、よくよく考えてみると小学校1年生になってその1週間後くらいには行き渋りがあったなぁ~と思い返していました。

前日には翌日の教科書や筆記用具の準備、給食セットの確認、宿題を終わらせたプリント類をクリアファイルに入れて、

当日朝食を食べて、パジャマから服に着替えて、歯磨きをしていざ登校時間に…

さっきまで笑いながらお話をしていたのに、急に顔がこわばっていく…

あれ?どうした?

無言でランドセルを背負って靴を履いて、玄関を出る

顔がさらに泣き顔に変わって足が止まる

声かけしても動かない

声を上げて泣き出した

あぁ~~~~、これ学校にいけないやつ。

どんなに説得(当時は学校に行くのが当たり前と思っていたので)しても動けない

私、仕事に行かなくちゃいけないのに!!

と思いつつも、

にっちもさっちもいかないので、お仕事休みました( ゚Д゚)

部屋に戻ってもしばらくお互い無言(笑)

とりあえず、理由は聞かずその日は何をしようかお話をして、お昼にマクドナルドのハッピーセットを食べたいって言ったので、

じゃあ、食べに行こうか!(^^)!ってなりました。

こんなことで(当時の息子よ、こんな言い方してごめんけど)仕事を休むのはものすごくものすごーく罪悪感があったけど、

美味しそうに頬張るハンバーガーとポテトに、付いてるおもちゃを嬉しそうに開封する姿を見て、

こういう時間もあって良かったのかな、なんて気持ちを切り替えたことを思い出しました。

保育園から小学校という環境に変わって、1年生なりにストレスたまってたんだな、一生懸命に適応しようと思っていたんだな、とか

7歳なりに自分を守る行動をとっていたのかもしれないですね。

小1の壁ってこんな感じなんだな、と洗礼を受けたようにも思えましたが( ;∀;)

「学校へ行きたくない」「行けない」は、甘えやわがままではなく、

自分を守るためのSOSで他者に気付いてほしいサインなんだと、改めて感じましたね。

翌日からは学校手前まで一緒に登校して(行けてよかったと当時は心底思いました💦)、上司に相談してしばらく有休を使いながら早退させてもらっていました。

やっぱり時々は罪悪感で押し潰されそうになっていましたが、子どもを守るのも母でありつつも

そういった対応をしていただける職場はありがたいですね。

長い年月が経ちましたが、改めて本当に感謝です…

ここまで読んでいただき、ありがとうございます☺